蝶のように舞い蜂のように刺す!


by aurola_thequeen
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カテゴリ:ジュリア伝説( 10 )

ジュリア伝説・その10

ジュリアさんは今日もマダムの屋敷で飯炊きをしていました。
混ぜご飯に揚げだし豆腐、小松菜とじゃこの和え物に大根のお味噌汁。
ヘルシー極まりない和食です。

モンタナ州出身のボブがジュリアさんを手招きします。ひそひそと耳打ちしたのは

「日本人の20%は忍者だって本当なの?」
そのころアメリカでは、アニメのミュータント・タートルズが大流行していました。
吹き出しそうになったのをぐっとこらえてジュリアさんは「そうね、それくらいいるかもね」と答えました。「と、いうことは・・・・」「私も、忍びの者なのよ」きらりと奥目を光らせました。

マダムに通訳を頼むと、静かに語りだしました。
忍者は世襲制で選ばれた血筋のうち、優れた者しかなれないこと。幼いころから厳しい訓練を受け、毎日伸びる麻を飛び越え、毒を少しずつ飲んで身体に毒耐性をつけ、主君に絶対の忠義を誓い、主君に尽くすこと。
「私は脚を悪くしたので、もう忍びの仕事は出来ないの。いまあなたに話したことも、本当は秘密にしなければいけないの。」ボブがごくりと唾を飲みました。「誰にも言わないと約束して」
「さもないと、追っ手があなたのところに来るわよ」
マダムが呆れた顔でつっつきます。(いいかげんにしなさい!)(いやよ、面白いんだもの)
「電車に乗っていたら、隣の人が忍者かもしれないんだ。日本ってスゴイね!」と興奮するボブに、笑いをかみ殺しながらジュリアさんがうなずきます。

それから半年後。ボブがモンタナに帰る日がやってきました。
「日本でよくしていただいたこと、忘れません。これにサインをしてください」と真っ白なTシャツがジュリアさんに渡されました。「何書いてもいいの?」 少し考えて、背中に

助平 と書きました。

「これが私の一番好きな言葉なの。このTシャツを着ていると、モンタナでも人気者よ」
「ありがとう!!」

大喜びで帰っていったボブから、後日マダムに手紙が届きました。

「クミコさんが書いてくれたTシャツを着ていると、みんなニコニコとフレンドリーにしてくれます。カンジはクールでかっこよくて、僕のお気に入りです」と、家の前で「助平」Tシャツを着て微笑む写真が入っていました。
「・・・クミコは冗談が好きだからあまり本気にしないほうがいいって言ったんだけど・・・」とため息をつくマダムに「あらー、国際親善よ」とジュリアさんはきっぱり言ってのけたのでした。

私は娘として、誤った国際親善が行われたことをたいへん残念に思います・・・・

まだまだあります国際親善!
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by aurola_thequeen | 2005-06-01 17:04 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その9)

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(その7)より続きます。また、マダム宅から飯炊きバイトの依頼が来ました。

「おでんの話をしたら、みんな食べたいって」
保守的なフランス人も、「あの人(ジュリアさん)が作るんだったら食べてみたい」と言ったそうです。
「へー、おでん・・・・・今度は何人前?」
「そうねぇ、20人前くらいかしらね。また車出すわよ」

おでんを20人前。

屋台の仕込みですか?と言いたくなります。

「あのね、お願いがあって・・・」
「?」
「申し訳ないんだけど、ピンクのロールスロイスは、うちの方だと目立っちゃうから、もうちょっと地味な車にしてもらえないかしら」

「え~~ 可愛いのに・・・・しょうがないわねぇ、じゃあ、主人の車にするわね。」

約束の日。
家の前に来た車は、大きな緑のベンツでした。

「はじめまして」
オリーブグリーンのスーツの紳士がにっこりと挨拶しました。
「ワイフがいつもお世話になりまして。お噂はかねがねうかがっております」

一目でオーダー物とわかる、仕立ての良いスーツに合わせたネクタイは、小さいカエルの柄でした。ネクタイピンは、葉っぱに止まるアマガエルです。
ハンドルと車体は車体より少し薄い緑色。
(ちっとも地味な車じゃないわね・・・)ジュリアさんは、「ロールスもステキでしたけど、こちらも渋くて素晴らしいお車ですね」と、一生懸命褒めてみました。

「僕、緑色が大好きなんですよ・・・・大好きな、カエルちゃんの色だから♪」

カ、カエルちゃん?

ジュリアさんは、ヘビやカエルが大嫌いです。背筋がゾクゾクっとしました。
「ネクタイもカエルですね・・・・・」
「宅の池に10匹ほど飼っています。全部名前があるんですよ」
そういえば、お庭の片隅に、石で作った池がありました。
あそこにカエルが・・・・近づくのはよそう・・・・

「今日は、おでんだそうで、種を仕入れていきましょう。煮てくださるだけでけっこうです」

緑のベンツは、吉祥寺のパーキングに止まりました。
歩いて数分の商店街の真ん中に、おでん種のお店がありました。

「20人前くらいってことですけど・・・・」
「どうぞ好きなものを選んでください。配達を頼みますから」
ジュリアさんが半信半疑で選んだネタを、マダムのご主人と店員さんが相談しながら手際よく数を揃えていきます。
お会計では、1万円札をろくに数えもせずに出して「お釣りは次でいいです」とにっこり。
「じゃ、いつもどおり、届けてください。よろしく」
「毎度ありがとうございましたっ!」店員さんは最敬礼。

お宅へ到着すると、またメイドさんと犬がお迎えです。
マダムが奥から顔を出しました。「あら、早かったわね」
「1時間位したら買ったものが届くわ。さっき電話があったから」

ネタが届いたら準備開始です。
インスタントだしが嫌いなジュリアさんは、きちんと昆布と鰹で出汁を取って、酒と醤油で味付けをします。
湯通ししたネタを鍋に放り込んだら、茶飯を作ります。
おでんの間に、違った歯ざわりのものがあるのは楽しいからと、かぶの浅漬けも作りました。

お客様が到着しました。フランス人とアメリカ人が半々です。

「おでん、ってなんでおでんて言うの?」
と訊かれても、「おでんはおでんよ!」と言い張るジュリアさん。
「おでんは、フランスで言うポトフみたいなもので、日本のソウルフードのひとつよ」
と横からマダムがフランス語で注釈を入れます。
「ちくわに穴が開いてるのはなぜか」と訊かれ、「じゃードーナツってなんで穴が開いてんの?」
と聞き返します。
「きんちゃく」(お餅入り油揚げ)をうまく飲み込めず、半分パニック状態になっている人にお水を出しました。
「ちくわぶ」の存在が理解できない人に、マダムが一生懸命説明しています。
台所に戻れば、犬と猫が練り物を欲しがります。「ダメよ!これは、人間の!」
お燗にした日本酒はあっという間になくなっていきます。

てんてこまいのおでんパーティーは、成功に終わりました。
大きな2つの寸胴鍋は、ほとんど空です。
おつゆを残った茶飯にかけたものは、犬たちへ、はんぺんのかけらは猫にやりました。
「ネタを説明するのって大変だわー」マダムもぐったりです。
「お疲れ様でした」メイドさんが淹れてくれたほうじ茶を飲んで、休憩したら帰りましょう。
この後、ジュリアさんはたびたびマダムのお宅に呼ばれて、おでんを作ることになります。

ジュリアさんにトリビュートじゃないけど、うちも今日はおでんにしました。
吉祥寺のその店の種に、紀文の魚河岸揚げを混ぜました。
おいしーー。お酒は長野の「黒松 仙醸」です。
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by aurola_thequeen | 2005-03-08 01:24 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その8)

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子供の頃聴いた話をもとにつづることに限界を感じたので、ジュリアさんを呼び出してインタビューすることにしました。
場所は吉祥寺の「珈琲茶房 花仙堂」
デザインカプチーノを頼んだら、こんな可愛いカプチーノが運ばれてきました。

「えぇ?昔の話?」 カフェオレボウルを手に、ジュリアさんはぎょっとした顔をします。
「うん。うろ覚えじゃそっちも迷惑でしょ」
「あんた、どこに書いてんのよ? ネタ代ちょうだい!」
にらみつけるジュリアさんをまぁまぁまぁ、となだめすかして、やっと少し話が聞けました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
粉々になった右足をつなげるのに、二年かかりました。
「人間の体って、意外なところでつながってるのよね」ジュリアさんは遠い目をします。
足を怪我したはずなのに、腕にも痺れがきて、手の感覚がなくなりました。
コップが持てません。ガラスのコップは手からするりと抜けて、床で粉々になりました。
日常生活に復帰するためのリハビリも必要でした。
退院してしばらくすると、右足をかばって動かす左足が痛み出しました。
その左足を調整するのにさらに二年。リハビリも続きます。

個室病棟には珍しい患者も来ます。
「南海ホークスの偉い選手が右隣の部屋に入ってきた」ときいた次の日には
「ギターを持った渡り鳥」の小林旭が、撮影中に怪我をして左隣の部屋に担ぎこまれました。

「ここは病院なんですからカメラはやめてください!」と婦長さんの声が聞こえます。
昼寝を起こされたジュリアさんはたいそう不機嫌です。
「・・・・いったいなんの騒ぎ?」「小林旭よ!」「サインもらわなきゃ!」
看護婦さんたちも興奮しています。
それからしばらくして、「お騒がせして申し訳ありません」とお隣からメロンが届きました。
千疋屋の、桐の箱に入った大きなマスクメロンです。
「久美ちゃん、サイン要らない?」
看護婦さんが色紙をひらひらさせながらやってきました。
「いらなーい。興味ないもーん」 ジュリアさんの目下のアイドルはジェームス・ディーンです。
「あのときのメロンおいしかったわぁ」といまだに口にするジュリアさんでした。

ある朝、主治医の先生の回診で
「僕の友達の先生を紹介しよう」と言われました。
「北海道からいらした、渡辺先生だよ。麻酔の名手なんだ」
紹介された先生は、優しい目をしていました。
「東京の学会のついでに、こちらでしばらくお手伝いをさせていただくことになりました。
よろしくお願いしますね」
「どーも。」ジュリアさんはそっけなく言いました。
「渡辺先生は、小説も書くんだよ」
「いやぁ、医局の中のゴタゴタから逃げるのに、文章書くのはもってこいなんだよ、あはは!」
屈託なく笑う先生は、それからしばらくジュリアさんを診ることになりました。

「ねー先生、私、麻酔効かなくて、注射3本くらい打たなきゃいけないんだけど、なんとかならない?」
「うーん、君はアレルギーあるから、ちょっと厄介なんだよねぇ」
「きのうも**先生が麻酔打ったらへったくそで、なかなか血管に刺さらないでやんの。見てこれ」
袖をまくった細い腕に、たくさんの注射針の痕があります。
「4回もやり直したから、痛くてあったま来ちゃった。あんなぶきっちょでよく医者になれたわよね」
「まぁ、君の血管は子供並みに細いからねー。きのうの麻酔、どうだった?気分悪くならなかった?」
「大丈夫みたい」
「それはよかった。あれはね、戦争で足を飛ばされた兵隊さんに使ったのと同じ薬なんだよ」
ギョッとするようなことを、渡辺先生は淡々とお話します。

「ところで、君も本好きだよね。今は、なに読んでるの」
「友達のお見舞いでもらったの」 ジュリアさんは、チャンバラ時代小説が大好きです。
「面白い?」と覗き込むと、「まだ半分も読んでないから、わかんないわ」ピシャリとはねつけます。
「まぁねー」とか「そうですね」とか適当なことの言えないのがジュリアさんです。
「先生はどんな小説書いてるの」と聞くと、「うーん・・・・」と黙ってしまいました。

「君、外国ものは読まないの」
「推理小説は好き」
「僕は、カミュやスタンダールが好きでね・・・フランス小説は面白いよ」
白衣のポケットから、一冊の本を出すと、ベッドに置きました。

サガンの「悲しみよこんにちは」という本でした。
「最近出た中では、これが一番だね。君ぐらいの年齢ならピッタリだろ」
どういう意味よ?小娘扱いされると、ジュリアさんの機嫌は一気に悪くなります。
しかも、何この題名。
「悲しみなら事故で一生分味わされたから間に合ってます」
「まぁ、そう言わずに・・・・これあげるから面白かったら感想聞かせてね」

約1ヵ月後、渡辺先生は北海道に帰っていきました。
文章を書いているというだけあって、洞察力の優れた人でした。
10年以上経ち、ジュリアさんが結婚した頃、
「直木賞受賞作家決定」という新聞記事を見て、「あっ」と声をあげました。

札幌医科大学講師。整形外科。専門は麻酔。
渡辺淳一

「渡辺先生、お医者はやめたんだ・・・小説のほうが、向いてるかもね」
ふふっ、とジュリアさんは笑いました。
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by aurola_thequeen | 2005-02-27 01:08 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その7)

kasumixさんお呼ばれホームパーティートラバさせていただきます。

伝説は伝説でも、ちょっと番外編になるかな?
時代はかなり下って、私が小学生の頃。
パート先でジュリアさんは一人のマダムと知り合いました。
「パートなんかする必要のない、セレブな奥様なんだけど・・・・」
暇つぶし(!)に来ているというそのマダムは、なぜかジュリアさんを気に入り
「良かったら宅へ遊びにいらっしゃいな。ちょっと遠いから、迎えの車を出すわね」
約束の日の朝、電話が鳴りました。
「おはようございます。○○家の運転手でございます。お迎えに上がりました」

・・・外に出てみると、止まっていたのは

ピンクのロールスロイスでした。

派手な外車に、人が集まってきています。
ウィンドウがゆっくり降りて、マダムが顔を出しました。
「おはよう!さ、乗って頂戴」
「ワンワンワン!」 後部座席には大きなシェパードと三毛猫が一匹ずつ。
犬と猫に挟まれて、ジュリアさんはピンクのシートに座りました。
発車オーライ!
「あの・・・・すごい車ね・・・・・」猫をなでながらジュリアさんが言うと
「これね、日本で3台しかないのよ」とマダムが言います。
1台は華僑の大金持ち、もう1台は、さる大物芸能人、そして3台目がこの車。
「1時間くらいで着くわ」 マダムの屋敷は東京の郊外にありました。

門をくぐると、ドーベルマンとお手伝いさんが迎えます。
(なんだか面白そうだわ♪)こういうときに怖気づかないのがジュリアさんの良いところ。
広いお庭、客間が沢山。「主人の仕事柄、人がたくさん来るの」

天井の高い応接間のソファには、黒猫が寝そべっていました。
「どうぞお楽になさって」 メイドさんがメルローズの紅茶を淹れてくれました。
「・・・折り入ってあなたにお願いがあるの」 マダムが口を開きます。

マダムの家は、代々欧米人をたくさん相手にする仕事で
接待もできるように、こんなホテルのような屋敷なのですが、
しゃぶしゃぶ、すき焼き、お寿司というような「いわゆる日本のご馳走」には飽きてしまっているそうなのです。
彼らは滞在が長くなると必ず「日本の人が普段食べている、ふつうのごはんが食べたい」と言うそうです。

「あなたなら口も堅いし、宅を手伝ってくれないかしら。ふつうのお惣菜でいいのよ」
月に1回、運転手さんの送り迎えつき、材料費とお礼つき。
セレブなお宅で飯炊きバイト。
「お手伝いさんがいらっしゃるのに・・・?」
「あの子はね、フランス料理とデザートは上手なんだけど、ふつうのおかずは作れないの」
!!

と、いうわけで、ひと月~ふた月にいっぺんくらい、ジュリアさんは飯炊きバイトに行くようになりました。
「ほんっとーーに普通のご飯でいいの??」と念を押します。


東京風・甘い卵焼き
伊豆産アジの干物
きんぴらごぼう
ほうれんそうおひたし
豚汁
具なしおにぎり


これを、30人前作りました。
「ステキだわ!久しぶりよこんなご飯!」喜ぶマダム。
お客様がどやどやとやって来ました。半分はフランス人、残りはドイツ人と、香港人。
「ワー、スゴイデスネ」「日本ノゴチソウ?」「どうぞ召し上がれ」

外人さんには珍しいものばかり。
フランスの人は、おにぎりの海苔を指差し、「これ、カーボン紙?」と訊きました。
ドイツの人はごぼうを知らなかったようです。
香港の人は、「日本のおかずって甘いのもあって不思議」と卵焼きに手を出します。
「今日は私のお友達がこれを作りに来てくれたの」とマダムがジュリアさんの背中を押します。

ジュリアさんは拍手で迎えられ、「あなたはプロフェッショナルだ」「レシピが知りたい」と囲まれました。
「えーと、これは、海苔っていってカーボン紙じゃないの。海草を加工したものです」
「海苔は剥がさないで、ご飯と一緒に食べるのよ!」
「ごぼうは根菜で、体に良いから日本人はみんな食べる。」
マダムがジュリアさんの言葉を英語とフランス語に訳します。

豚汁にはお代わりの行列が並び、ベジタリアンのお客様はおひたしときんぴらをお代わり。
「オニギリはなぜこういう形なのか」という質問に、ジュリアさんが
「昔のサムライが戦のときにもって行く弁当はみんなコレだったのよ」と答えると
「オオ、サムライ!ショーグン!」と声が上がり、炊きたてほかほかのおにぎりは瞬く間に無くなりました。

「おいしかった!」「楽しかった!」
「作り方を知りたいので、今度はビデオカメラで録らせてもらえますか?」
外人さんたちご一行はご機嫌で帰りました。パーティー大成功。
「どうもありがとう、あなたのおかげよ!」とマダムはジュリアさんをねぎらいます。
飾ってあったお花を花束にして持たせてくれました。
帰りもまたピンクのロールスです。

「へぇー・・・・・・お前でも人様の役に立つことってあるんだな」
肉じゃがをつつきながら父が言いました。
「すごいお屋敷だったわよ~」
「お金持ちは、貧乏人の食事が珍しいんだネ」と私はお味噌汁をすすります。

ったくうちの家族はホントに可愛くない。
「とっても評判良かったわ!次は、おでんなんかいいわね」とマダムから電話。
来月のパーティーは、おでんのようです。 
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by aurola_thequeen | 2005-02-12 12:41 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その6)

それからまもなく、退院のお許しが出ました。
整形外科の医局全員で見送られ、婦長さんが大きな花束をくれました。
もう松葉杖で歩けます。

タクシーで懐かしい家に帰り、お風呂に浸かると、
右足は、左足の半分ほどの太さになっていました。
太ももに走る大きな傷跡をなでていると、涙が出てきました。
退院手続きのとき、「申請しておくと後々良いから」ともらったのは
「四級」と書いてある障害者手帳でした。
(これから、障害者だって・・・・・・)
悔しくてお風呂のお湯を両手で叩きました。

「いつまでも家で寝ているわけにいかないでしょう」「頭や両手は使えるんだ!」と
ジュリアさんは近くの会社にアルバイトとして採用されました。
そろばんが得意で数字に強いジュリアさんの仕事は帳簿つけです。
お昼休み、バレーボールを楽しむみんなを眺めていると、フロアにもう一人、外に出ない男性がいました。
Aさん。歳は同じくらいでしょうか。
作業服で製図机にいつも向かっています。
お昼を食べた後は、カメラか鉄道の雑誌を熱心に読んでいます。
(変わったヒトだな)

あれだけの大怪我の後ですから、1年に一回、2ヶ月ほど検査入院をしなければならないことになっていました。
(またこの白い部屋かー)
ため息をついてベッドにもぐりこんだとき、面会の客が来ました。
「こんちは!」

あの、Aさんです。
挨拶くらいしかしたことのない、Aさんです。
ぽかーんと口をあけたジュリアさんに、
「いやーしばらく見ないと思ったら入院だっていうからさ、どうしたのかと思ってワハハハ!」
「へーギブスって俺初めて見た!」布団をぺろっとめくられました。

!!!!!!
な、な、なに、この人!失礼しちゃう!!
「あなた、何しに来たの?」「ああ、見舞い、そうそう、見舞い。これ」
と出したのは「俺んちの近くのまんじゅう屋がうまくてさー、まんじゅうが揚げてあんの、珍しいだろ」
Aさんはくるくると包みをほどき、自分でお茶を淹れ、「お、まだあったかいや」とおまんじゅうをほおばります。ジュリアさんには勧めません。
唖然とするジュリアさんに、会社の出来事を面白おかしく話します。
「あー、うまかった!俺、全部食っちゃったわ、ゴメンゴメン!ワハハハ!」
揚げまんを食べることができなかったジュリアさんに、
「また来ていい?ここに今日の日付書いとくな」とギブスにマジックで日付と名前を書きました。

じゃあな!と、たいそうご機嫌でAさんは帰りました。
呆然とするジュリアさんに看護婦が「あら、バイト先のボーイフレンドね」と冷やかします。
違う!!断じて違う!!

ろくに口をきいたこともないのに、お見舞いですって?
しかも、なんなのあの態度!
変な人!!あんな変わった人見たことないわ!!
すっかりペースを乱されて、ジュリアさんは疲れてしまいました。

・・・・・約10年後、そのAさんと結婚することになるとは、これっぽっちも思っていませんでした。
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by aurola_thequeen | 2005-02-01 23:53 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その5)

個室の病棟には、ときどき変わった客も来ます。

いつものように増上寺を車椅子で散歩していると、学生服を着た男の子数人とすれ違いました。
車椅子が珍しいのか、立ち止まって振り返って見ています。

「久美ちゃんと同じくらいじゃない?」看護婦さんがささやきます。
「・・・制服は、嫌い。」学校に行けないジュリアさんは、元気な学生など見るのもイヤでした。

次の日も、同じ子たちとすれ違いました。その、次の日も。
「ちょうど帰りの時間なのね。この近くの学校みたい」
やがて、男の子たちはすれ違うとき、「こんにちは」と挨拶するようになりました。
「久美ちゃん、あいさつしてくれたわよ」
ジュリアさんは、男の子の足元を見ながら、こくっとうなずきました。
真っ白なスニーカーのその子は、帽子を取ってにっこり笑います。
「俺たち、そこの高校の3年なんです」
「あら、じゃあ、同い年だわ。このお嬢さん、○○大の整形外科に入院しているの」

おしゃべりナース!
ジュリアさんがにらみつけても知らんぷりです。
「へぇー!同い年だって!やったぁー」
「○○大?すぐ近くじゃないか」
「じゃ、今度お見舞いに行ってもいいすか?」
男の子たちの目が輝きます。
「どうぞ。久美ちゃん、お友達になってもらいなさいな」
・・・・やれやれ。「病室なんだから騒がないでよね」ジュリアさんがため息混じりに言うと
「やったぁーーー!!」
「あ、でも・・俺たち受験なんで、受かってから来ます!」

「へぇ、受験かぁ、大変だぁ。頑張ってね」
大学行けるのっていいなぁ。
学校の成績はそう悪くありませんでしたが、大怪我をしたジュリアさんに大学は遠い夢でした。
治療費いっぱいかかってるし、これからも面倒かけるのに、大学なんて・・・・
「勉強なんかもうやる気ないしぃ~」
と相変わらず、ラジオを聴きながらちくちくと棒針を動かします。
凝った柄のセーターがもう少しで出来そう。

年が明け、3月に入った頃、その男の子たちがやってきました。
「ウォース!」
「病室、看護婦さんに教えてもらったんだ」
赤い顔で「これ、お見舞い」と花束をくれました。

「俺たちさ、地方の大学に行くことになって」
「・・・・」
「・・・ごめんな。」

お花を抱いたまま、ジュリアさんは小さな声で
「来てくれてありがとう」と言いました。
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by aurola_thequeen | 2005-02-01 22:37 | ジュリア伝説

ジュリア伝説 その4

大変お待たせいたしております。

・・・・・・・
1年も経つと、ジュリアさんはベテラン患者になりました。
病院のスタッフもだいぶジュリアさんに慣れてきたようです。
ベッドから降りて、車椅子や松葉杖を使いこなせるようになればこっちのものです。

朝、偉い先生が日替わりで回診にやってきます。
嫌いな先生の日だと
「おはようございます。気分はいかがですか」
「先生の顔見たら気分悪くなりました」
「あ、そう・・・・・ じゃあ、今日は検査を一つ増やしましょう」
(げっ)
検査やリハビリが比較的少なく、ヒマな日は、皮膚科の医局まで遊びに行きます。
「そばかすって消せないの?」
「永久脱毛ってここでもやってもらえるの?」
「どうせ入院してて時間あるからやってもらえないかしら」
看護婦さんはたじたじです。
美容室もあるので、パーマをかけたりマニキュアしに行ったり、やりたい放題です。

お昼が近づいてきました。
好き嫌いの多いジュリアさんは、病院食に飽きるとラーメンの出前を取ります。
病院のひとつ置いて隣なので、すぐ持ってきてくれます。
ついにベッドで寝たままラーメンをすすれるようになりました。

「久美子ちゃん、病院食も残さず食べなさい。カルシウム取って骨が早くつくようにしないと」
看護婦さんのお小言は聞いている振りだけ。
天気の良い午後は、気に入った看護婦さんに車椅子を押してもらって、外へお散歩です。
増上寺の緑はきれいですが、眺めるだけで中には入りません。
カンの強いジュリアさんは、寺やお墓に弱く、奥に進むと気分が悪くなるのです。
のんびり病室に戻ってくると、実習授業で学生に囲まれ、見舞客の相手をし、マッサージとリハビリです。

わがままし放題でガマンが苦手なジュリアさんは、意外にも真面目にリハビリに取り組みます。
「さっさと歩けるようになって、こんなとこおさらばしてやるわ」
リハビリは痛いけど、事故のときに比べればどうってことありません。
頑張ったかいがあって、今日のリハビリは早く終わりました。

夕食までは病室でのんびり過ごします。
ラジオから流れるジャズやロカビリーを聴きながら、レース編みなどをします。
大きなテーブルクロスです。(時間ならいくらでもあるもんねえー)
ご飯を食べ終わると、ベッドの中に潜り込んでマンガを読みます。
今で言うオカルト、こわーいホラーマンガが大好きなジュリアさん。
(明日はマーガレット出る日だ!)
寝る前にまた回診があります。消灯時間の早さにはもう慣れました。

こんな暮らしが約2年続きました。
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by aurola_thequeen | 2005-01-12 13:06 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その3)

焼けつくような痛みで目が醒めました。午前3時半。
痛みがだんだん近づいてきます。
歯を食いしばっても、布団をつかんでもダメです。
脂汗が出てきました。ナースコールしなきゃ。
「あ、醒めましたね」 執刀医も来ました。
い、い、痛ぁぁい!! ジュリアさんは吠えます。
「痛いねぇー、痛み止め打つから大丈夫」
暴れる体を看護婦さん数人に押さえられ、痛み止めが打たれます。
ただの痛み止めではありません。モルヒネです。
痛みといっしょに意識も遠のいていきます。

ジュリアさんの執刀医は、「整形外科のホープ」と言われたまだ若い先生。
最新の技術を学ぶため渡米し、数日前に帰国したばかりでした。
「右腿の付け根にボルトを入れましょう」
今では珍しくないことでも、約50年前では、画期的なことでした。
「膝は樹脂で補強して、うまくいけば脚を切らないですみます」
「お金ならいくらでも出しますから、助けてください!」
しばらく顔を上げられなかった家族に先生は
「わかりました。ただし、かなり長い入院になります。1年は覚悟してください」

鉛筆ほどの細さのボルト。金とプラチナ、合わせて4本。
右脚は、動かないようにウエストから固定されました。
内臓には問題がないので、食事は普通です。
ということは、出るものもふつうに出るわけで・・・・
トイレに行きたくなったらナースコールです。
おしっこを出すために器具が体につけられました。
大のときには看護婦さんが始末してくれます。
生理が来ると、シーツはゴム引きになりました。

「冗談じゃないわよ!!」
ジュリアさんは怒り狂います。
ここは大学病院。毎日偉い先生方の回診があり、学生やインターンが「実習」と言って病室にやってきます。
ぐるりとベッドを取り囲まれて、何人もの人に、かわるがわる傷口を覗きこまれます。
「いいかげんにしてよ!!個室に変えてちょうだい!」
「整形の新患さんでスゴイ女の子が入ってきた」とナースステーションは噂で持ちきりでした。

なんで何も悪いことしてないのに、こんな目に遭わなきゃいけないわけ?!
「かわいそう、かわいそう」って、これから一生あたしは哀れまれて生きるの?!
家族をはじめ、周りの人に片っ端から八つ当たりです。
ジュリアさんの機嫌がとびきり悪かったある日、名誉教授以下、偉い先生方がぞろぞろと病室にやってきました。
元気にジュリアさんは吠えました。

「名誉教授って何よ!

あたしの脚一本すら治せないくせに、

この、ヤブ医者!!!」


婦長さんの目が大きく見開かれました。「いいかげんにしなさい!!」
さすがに名誉教授の顔色も変わり、「・・・僕はもうこの部屋には来ない」

みんな、ジュリアさんを腫れ物に触るように扱います。
でも、執刀医の先生だけは違いました。
「君はあんな大怪我したのに、口が減らない元気な娘だね~」
「じゃなきゃやってらんないわよ」
「あの〇〇先生をヤブ医者呼ばわりしたのは、後にも先にも君だけだよ」
おかしそうに先生は笑いました。「教授会がちょっと大変だったけどねー」

毎日毎日、真っ白な個室の中。消毒薬の臭い。
ベッドから眺める、窓の形に切り取られた青い空。
個室になったら、食器はプラスチックから瀬戸物になりました。
医者、ナース、学生、見舞い客。昼間はたくさんの人達が入れ替わり立ちかわり。
ある日、ジュリアさんは気がつきました。

個室の壁がピンクに見えます。(いつのまに塗り替えたのかしら)
診察をする先生が、遠くにいて、豆粒のように見えます。
「先生、どうしたの、もっとそばに来ないと何もできないでしょ」
「えっ、ほら、顔のところにまで寄って来てるよ・・???」
ジュリアさんには、ベッドの足元にいるようにしか見えません。

精神科の先生が飛んできました。
「君、ちょっとこれやってみて」
絵を描いたり、簡単なテストです。

ジュリアさんは、事故の強いショックと治療のストレスで、鬱になってしまったのです。
人が豆粒のように見えるのは、典型的な鬱の症状でした。
投薬の中に、精神安定剤も加えられ、自殺を防止するために、刃物はすべて取り上げられました。
家族はもうジュリアさんの言いなりです。
壁にはプレスリーやチャック・ベリー、シュープリームス、ジェームス・ディーンのピンナップがべたべた貼られ、創刊したばかりの少女マーガレットやセブンティーンが毎号届けられました。
「学校にいつ戻れるかなんてわかんないんだから、勉強なんかするもんか!」
「教科書もカバンも処分してちょうだい」

手のつけられない状態になっていたジュリアさんが静かになったのは、
あのトラックを運転していた人が見舞いに来たときでした。

20歳前くらいの、まだ幼さの残る男の人でした。
たくさん管をつけ、ギブスで腰から固められたジュリアさんを見ると、みるみる顔色が変わり、床に崩れ落ちました。
「申し訳ありません! 謝って済むことじゃありませんけど、本当に申し訳ありませんでした!」
号泣して、病室の床にぺたりと土下座したまま動きません。

(あたしより、この人のほうが何倍もかわいそうかもしれない)
ガラス玉のような無表情な目で、ジュリアさんはじっとその人を見下ろしました。
何も言いませんでした。
小一時間ほどして、その人はよろよろと立ち上がり
「できるだけのことはさせていただきます」と消え入るような声で言い、一礼をして部屋から出て行きました。
(あたしの運命が変わっちゃったのと同じように、あの人の運命も変わっちゃったんだなぁ)

ジュリアさんはその日を境に、少しずつ静かになっていきました。

(まだまだ続きます)
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by aurola_thequeen | 2004-12-01 20:34 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その2)

夏休みの蒸し暑い日でした。
ああ、今日もかんかん照り。横断歩道に陽炎が立っています。
青信号になりました。
早く涼しいところに行きたいな、と渡り始めたジュリアさんに


右折トラックが突っ込んできたのです。


体は大通りの向こう側に跳ね飛ばされました。
ガードレールを越えて、置いてあった段ボールの山に着地しなかったら、即死状態だったでしょう。
救急車が来ました。ジュリアさんの意識はありません。
一軒目の病院。「設備がないので受入れられません」
二軒目。「ベッドが空いていません」
三軒目。「輸血用の血液がありません」ジュリアさんはRHマイナスなのです。
真夏の午後です。傷口がじくじくと膿み始めます。
四軒目。やっと受入れてくれる病院がありました。都心の大きな大学病院です。
それから12時間の手術が始まりました。
全身打撲。右脚大腿部の複雑骨折と右膝の靱帯損傷。
もっとも大きな傷口からは、破傷風菌が入っていました。

全身麻酔で眠らされたジュリアさんに、きれいな調べが聞こえます。
(・・・ここはどこだろう?)色とりどりの花畑を歩いていました。
ずいぶん硬い花畑です。足音がひびき、踏んでも潰れない花たち。
遠くには、朝日のような夕日のような、きれいな光が見えます。
(あっちに行かなきゃいけないのね)
その時、花の脇から誰かの手が出て、足首をつかまれました。
両足に、知らない誰かの爪が食い込みます。
(助けてえええ!)叫びたくても声が出ません。ものすごい力です。
(いやああああ!)そのとき、声が聞こえました。「・・ちゃん」

「・・ちゃん」「くみちゃん」「くみちゃん!」
「くみちゃん!!死んじゃだめぇぇ!」
ジュリアさんはうっすらと目を開けました。
お母さんの青い顔と、泣きじゃくるお姉さんが見えます。
「久美子が目を開けたよ!」「良かった!!」
「よく頑張りましたね。もう大丈夫だよ」にっこり笑う術衣のお医者様と何人ものナース。
うなずくだけで精一杯です。
「瀕死の大けがだったんだよ。でも助かってよかった。今晩はよく眠りなさい」

その日から、ジュリアさんの長い病院暮らしが始まったのです。
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by aurola_thequeen | 2004-11-29 16:33 | ジュリア伝説

ジュリア伝説(その1)

「ジュリア」とはうちの母のステージネームです。
バンド仲間もそう呼んでいます。
「ビートルズの『ジュリア』から取ったの?」ときいたら、「まぁそれもあるけど、ジュリア・ロバーツ好きだし」ですって。

ジュリアさんは、昭和15年生まれということになっています。
「なっています」??・・・なんかヘンな言いまわしだと思ったでしょ。
彼女の出生はワケ有りで、はっきりしていないのです。
「もらいっ子」という話もありますが、本人もよくわからないらしい。
陸軍軍人の父と女医の母にきびしく育てられたジュリアさんは、幼い頃からカンの強い子供でした。
毎晩うなされて高熱が続き、原因不明で医者も匙を投げたとき。
困って呼ばれたお坊さんの「畳を上げて床下を掘りましょう」というお言葉に従ったら。

出てきたのは、大人と子供、2つの白骨死体と日本刀、ピストルでした。
ニ体は東京都に無縁仏として祀られ、庭に小さな鳥居が建てられました。

15歳のとき、横浜に遊びに行ったジュリアさんは、タロット占いのお婆さんに出会いました。
「あなた筋がいいから教えてあげる」そう言われて2週間通い、最後の日に占ってもらうと

「近い将来大怪我をする。が、死には至らない」

という不吉なお告げ。
同時に、「男だったら社長になる運勢なのに」と言われたそうです。

・・・・・そして、16歳、高校1年の夏休み。
ジュリアさんの人生を変えた事故が起こりました。

(その2につづく)
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by aurola_thequeen | 2004-11-27 01:20 | ジュリア伝説